Kate Mossケイト・モス(Kate Moss、1974年1月16日 - )はイギリス南ロンドン・クロイドン出身のファッションモデル。本名はキャサリン・アン・モス(Katherine Ann Moss)。1990年代のスーパーモデルブームを代表するモデルの1人である[2]。 来歴 1988年、14歳の時にニューヨークのJFK国際空港でモデル・エージェンシー「ストーム」のスタッフ、サラ・ドゥーカスにスカウトされる。初めての仕事はイギリスの雑誌『THE FACE』でトップレスで表紙を飾った。15歳でジョン・ガリアーノのショーでショーデビュー[3]。以後、数々のファッション雑誌の表紙を飾る[4]。 1998年11月ごろにストレスの多い生活で肉体的にも精神的にも限界に達し、入院し、治療を受ける。退院した彼女は今までずっと酒を飲んでショーに出演していたことを明かす[3]。 2005年、画家のルシアン・フロイドが描いた彼女のヌード肖像画が390万ポンド(約7億7千万)で落札されて話題になった。オークション開催以前に、ケイト自身が2億円で買取ると申し出たが、ルシアンに断られたという話もある。 2006年、ブリティッシュファッションアワードのモデルオブザイヤーを受賞[5]。 [編集] 薬物スキャンダル 2005年9月に、イギリスのタブロイド紙のデイリー・ミラーが、コカインを吸っているモスの写真を掲載したことを受け、ロンドン警視庁はこの件について調査を開始すると発表した。その影響からついには、何年もの間広告塔役を務めてきたバーバリーやH&Mの広告からも降ろされてしまい[6]、「コカイン・ケイト」のあだ名までついてしまった。 また、10月には恋人でコカイン摂取を公言していた元リバティーンズのメンバー、ピート・ドハーティが逮捕され、モス本人の逮捕も秒読み状態に入ったと言われているなど、まさにこれからのモデルとしての将来だけでなく、人生そのものが危なくなってきたとされていた。 [編集] カムバック 世間は彼女を非難する中でファッション雑誌、雑誌編集長、モデルなどファッション業界の関係者は彼女を擁護した。このおかげでカムバックを果たす[7]。 契約打ち切りとされていたバーバリーの広告や大手バッグメーカー・ロンシャンの広告で復帰。イギリスのコスメティックメーカー・リンメルのイメージキャラクターになり、日本でもテレビコマーシャルが放映され、キャンペーンのため来日も果たす。 2007年5月1日にはイギリスのハイストリートブランドである「Topshop」とコラボで“kate moss for Topshop”というコレクションを発表。当日のあまりの買い物客の殺到に入場規制が布かれ、1人あたりの試着枚数、購入枚数まで制限されるほどになる。イギリス本土に数日遅れで、アメリカでも発売される。かの名高きバーニーズ・ニューヨークにてハイストリートブランドを取り扱う異例の事態だったのだが、こちらもイギリスと同じく早々に完売するアイテムがある人気ぶり。フランスでは有名高級セレクトショップ、コレットが取り扱う。 日本では原宿に唯一あるTopshopの直営店舗にて、5月25日より販売された。 [編集] 人物 [編集] 交友関係 ウィノナ・ライダーと仲が良い[4]。 [編集] 恋愛 恋多き女性として知られるケイトだが、その中でもっとも有名なのが俳優のジョニー・デップとの交際である。デップの独特な私服のセンスはケイトに影響を受けたとも言われる[8]。3、4年と長期にわたり交際したが、デップがヴァネッサ・パラディと出会ったことがきっかけで破局した。ケイトはこの失恋の痛みを癒そうとアルコールに走り、アルコール依存症で入院したこともある[4]。 イギリスの雑誌『デイズド & コンフューズド』の創設者であり編集長だったジェファーソン・ハックと交際し、2002年9月に娘ライラを授かる。結婚はせずに、2004年に破局した。しかし、現在もハックと娘と3人で過ごす姿が目撃されている[4]。 ピート・ドハーティとは交際と破局を繰り返した。彼女の薬物スキャンダルはピートの影響ではないかと噂された[8]。婚約し、2007年1月に挙式をするといわれたが、その後、破局。フランス版「VOGUE」にピートとのデュエット曲のCDが付録なる予定であったが、その号の発売直後に2人が破局したため、CDはお蔵入りとなった[8]。 ピートと破局後、一時期、オジー・オズボーンの息子ジャックとの恋仲が噂された[8]。 2007年頃からジェイミー・ヒンスと交際している[9]。 ケイト・モス 出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』 ジャンル別一覧
人気のクチコミテーマ
|